「危険-安全」と「定量-定性」の2軸による人物分類

早川由紀夫さんが面白い画像を作成されていましたので取り上げます。


http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-596.html 早川由紀夫の火山ブログ 「危険-安全」と「定量-定性」の2軸による人物分類


早川さんの感覚による分類であるため批判も有るようですが、各氏の立ち位置を知るのに便利です。


存じあげない人も多いのですが、私が眉に唾をつけて発言を聞いている人は、見事なまでに全て左半分(危険側)に分類されていました。東電原発事故の直後は、その中の何人かの情報も貴重なものだと受け入れていたのですけどね。
事故直後に誰を(たまたま)信用したかによって、その後の放射線に対する感覚は大きく違ってしまったのだろうなとも感じます。


右上(安全・定量)には、自分が参考にした多くの人が入っていました(もちろん全員ではありません)。強い危機感を持たれている方々と感覚が合わないのは当然かもしれません。
自分の立ち位置を知るのにも有用な図でした。




東海アマさんが小出氏を批判する(京都大学の原子炉は住宅から200メートル足らずの所にある)理由も、この図を見るとわかりますね。東海アマさんからは小出氏は完全に安全側の住人にしか見えないのでしょう。

http://togetter.com/li/502899 小出先生の京大原子炉は大丈夫なの?




全く関係の無い話ですが、東電原発事故について書く機会は、あまり無さそうなので、ここに置いてしまいます。


原発の建物が爆発する動画を見た時、(30秒くらいで)考えたことは、「これで、自分の寿命は1〜2年くらい縮まるんだろう。だけど避難などをすると(経済的な損失等で)それ以上に寿命を縮めてしまいそうだから、ジタバタしないほうが良さそうだな」ということでした。
自分がそうでしたし、ネットでは最大の話題でしたから、(ネット以外の)世間一般も、そんな感じに覚悟を決めて生活しているのだろうと漠然と思っていたのですが、そうでは無いと知ったのが、ある一枚の写真でした。
それは、泥まみれになって田植え体験をしている(おそらく未就学の)児童の写真です。しばらく、画面を見続けましたよ。そして、こんなことを考えてました。
「ありゃー、こんなことをしてしまうほど、放射線に関心が無いのか。これから放射線のことを知ったら、反動や自責の念で、必要以上に放射線を忌避するようになるかもな」
その後の展開を見ると、(一部の人は)そのとおりになったように感じます。(その写真を撮影された方も、その後、放射線危機を訴えるようになった)


念の為に書いておきますが、泥に触れても、長期間では無いので、発病する可能性は非常に低い(無いに等しい)だろうと思います。